冬の微睡みは優しくて 後編 



布団の中の温もりが心地良い。
そう言えば最近寒くなってきたな、と昨晩の冷え込みを思い出す。
確か今日は何もなかった筈だ。
しなければならない政は昨日(というか日付としては今日)まで必死にやっていたのだから。
床に就いたのと外が明らむのはどちらが先だったろうか。
疲れの所為で未だ睡魔は身体中を暴れ回っている。
このまま二度寝しても咎められはしない筈だ。
日の昇りきったこの刻まで寝ていられる事はそれを証明している。
なら……と睡魔に身を委ねようとしたその時、部屋の前に人の気配が現れた。
風が通り過ぎたのではないか。庭の木に鳥がとまったのではないか。
そう思えるほど微々たるもの。
既にそれを日常としている政宗でなければ気付かないであろう五分の虫のような気配。
それは本人の自己主張の乏しい性格を助けるかのように常に息を潜めており把握し辛い。
(もう起きてんのか)
僅かな驚きと小さく滲む喜びをそのままに上半身を起こせば予想通り。
こぢんまりとした子どもの影が襖に落ちていた。
自然と口元が緩む。
何か行動を起こすのか、とその人物を襖越しにじっと見つめるも一向に動く様子はない。
(相変わらずだな……)
きっと襖の向こうの子どもは自分の様子を見てこい若しくは起こしてこいとでも忠臣に言われてきたのだろう。
しかし性格上寝ているかもしれない城主の部屋に入るなどという事は出来ない。
そう考えるのが妥当だ。
呼びかけでもすれば良いものを子どもはしない。否、それも出来ないのだと政宗は知っていた。
それでも歩いていって襖を開けて用件を聞いてやるという事はしない。
さていつまでこのままでいようか、という悪戯心まで芽生えてくる。
面白そうに口の端を歪めた政宗の顔など勿論見えていないだろう、子どもは必死にどうしようかと途方に暮れているに違いない。
その様子を想像すると益々笑みが深くなる。
暫く子どもの影をじっと見つめていた政宗だがついに影が手を顔に持っていくのが見えた。
まさか泣くのか、と思ったがそうではないらしい。
驚いたときのように肩をすくめたと思ったら、
コフ、と控えめな咳。
(……馬鹿か俺は)
自分の部屋の中でもひんやりとした空気があるというのに外は相当だろう。
それに何故気付けなかったのか。
子どもの病気に対する免疫力は低いのだと以前医師が言っていたのに。
寒さだけではない、背筋をぶるりと震わせ政宗は口を開いた。

その名を呼べば向こう側から少し置いて「はい」と小さく返事がする。
聞き取るのが困難なか細い声。
最初の内は戸惑いと苛立ちの種となったが今では仕方ないとも微笑ましいとも思う。
いや、まず、それより。
「入ってこい」
そう言いながら身体は襖へと向かう。
素直に子どもが入ってこよう筈もない。
どうせどうすれば良いのか分からず戸惑っているだけだろう。
「えっと……」
「ほら、Come on」
音もなく襖を開ければ、予想を裏切る訳もなく困った顔で政宗を見上げる子ども。
驚くほど細い手首をとって部屋へと引き返すと後ろから「わっ」と慌てた声があがる。
いきなりすぎたか、と足を止めれば体勢を立て直した子どもが不安げに此方を見た。
これは言いたい事や聞きたい事がある時の表情だ。
一旦手首を離してやって膝をつくと、同じ目線になる。
「どうした?」
努めて優しい声で尋ねる。
本当は用件など分かっているが、この子どもには会話が必要なのだ。
だから政宗は敢えて言葉によるコミュニケーションをとる。
「えっと、ね……」
小さな唇が震えるように開かれる。
青い大きな目が政宗から逃げるように伏せられる。
「おばさんが、政宗さまを起こしてくるように、って……。ご飯の時間、だから……」
やはり予想通りだ。
小十郎と子どもの会話もすぐに脳裏に浮かんでくる。
「そっか。Thanks」
これはお礼の言葉だと覚えていたらしい。
優しく頭を撫でてやると嬉しそうにはにかんだ。
「じゃあもう起きなきゃな」
一旦布団から出て冷たい空気に触れれば睡魔など何処かへ行ってしまった。
それに愛らしいこの子どもの笑顔が見られるなら素直に起きてやるのが良い。
「……ありがとう」
「おう」
こういう時は「ありがとう」なのだと教えたのも最近だ。
この子どもは「ごめんなさい」と口にすることが多い。
それは癖のようなもので、怒ったり叱ったりで治るものではないと分かっていた。
だから一回一回謝る必要はないのだと教えてやる。
そうやっていって、徐々に変化が見えることは嬉しいものだ。

この子どもにはいつでも笑っていて欲しいと思うし、幸せを感じて生きて欲しいと思う。
すっかり冷えてしまった身体を温めるように、政宗は子どもを抱きしめた。











 

 

 

 

 

 

 

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