たったひと言


 


見知った群青の着流し。
彼の頭は女性の膝の上。
政宗さま、と呼ぼうとした口は間抜けに開いたままになる。
声を出してはいけないと思ったから。
膝枕となっている女性はあら、と此方を向いた。
口の中で「めごひめさま」と呼ぶ。
彼女の膝の上で寝息を立てているのは自分が探していた人。
独眼竜と恐れられている青年は、それはそれは無防備な寝顔を晒していた。
ちゃん、いらっしゃい」
「…………」
愛が手招きをしているが其方へ行こうとは思えない。
行ってはいけない気がした。
ゆっくり、小さく、首を振る。
どんな僅かな音も出さないように、ゆっくりと。
不思議な顔をして此方を見る愛と目が合う。
びくり、と大袈裟に肩が動いてしまった。
固まっていた身体が更に強ばる。
不快にさせたかもしれない。
(ごめんなさい)
「別に邪魔だなんて思ってませんよ」
ふわりと。
軽く優しく包み込むような、まるでタンポポの綿毛の様な声。
は愛の声が大好きだった。
愛が大好きだった。
だから余計に二人の空間に足を踏み入れたくないと思う。
「ごめんなさい……いいです……」
「あら、何故ですの?」
早く会話を切り上げたいのに。
もし自分の所為で政宗が起きてしまったら、と思うと肩が震える。
しかし愛にそんな思いが伝わる訳もなく彼女はニコニコとただ微笑んでいる。
日本人形みたいだ、と頭の何処かで思った。

「あっれー? ちゃーん?」
「あ……」
「成実様ではありませんか」
愛から見ての更に後ろ。鶯色の着物に袖を通した伊達成実が庭に立っていた。
「何やってんのー?」
よく通る声が愛達の部屋の襖に跳ね返って響く。
あぶない。このままでは起きてしまう。
眠っているその気配が僅かに動いた気がした。
の葛藤を知ってか知らずか成実は今にも此方へ向かってきそうだ。
「めご姫さま」
焦りと怯えで声が震える。
「はい?」
「成実さんと、遊んできます」
「どうぞ」
言葉と共に向けられた微笑みを背に逃げるように庭へ降りた。
近くに置いてあった草履を引っかけて成実の元へと向かう。
そうして二人の間に静寂が戻り、愛はちらりと自分の膝上で眠る男を見た。
成実との会話が遠くで聞こえてくる。
時折、快活とした成実の笑い声との弾んだ声音を交えて。
「政宗様」
寝ているはずの政宗に声をかける愛。
返事は返ってこない。が、愛は言葉を続けた。
「意地を張らなくても宜しいでしょう?」
童に言い聞かせるような口調に、寝ていた筈の彼は態とらしく溜息をつく。
一見大人びた仕草も彼女にとってみれば拗ねている子同然で。
それが可笑しかったのか愛は男の髪を優しく撫でた。

不器用な、愛おしい人だと思った。











 

 

 

 

 

 

 

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