家族には「友達と年越ししてくる」と嘘を吐いて、向かった先はディランディ先生の家。
(いや、別に嘘は吐いてない。華南さんもいるし)
ただそれ以外が男だということは言っていない。変な心配はさせたくなかった。
「お邪魔します」
チャイムを鳴らせばすぐにドアが開いた。
「よっ、草野。お疲れ様だな。寒かったろ?」
温かく迎えてくれるのはディランディ双子の片割れ。それが先生なのかライルさんなのかは分からないけれど気にしないことにする。
私の記憶では、先生は私を「草野」と呼びライルさんは「啓」と呼ぶ。だが華南さんが言うには「たまにライルがニールの真似をしてるから気を付けて」らしい。
「もうアレルヤ達は来てますか」
「あぁ、草野が最後だよ」
すっと彼の手が私の顔の横へ伸びる。
その表情がひどく面白そうで、私はそのときになって彼がライルさんであることに気付いた。
そのまま抵抗もせずにいると、おもむろに耳を握りこまれた。冷え切った耳にとってライルさんの指は火傷をおこしそうな程熱いものに感じる。
「あっ、あつ……!」
「ひゃー、冷たいなー」
凍えた皮膚が触れられたところから溶けていくような感覚がした。手を退けようとする暇もなく、今度は首筋に手を当てられる。
「う……あついぃ……」
「冷てー、きもちーい」
彼があまりにも楽しそうに笑うのでどうしたら良いのか分からない。玄関でこんなことをしている訳にもいかない思うのだけれど、相手の家で「早く上がらせて下さい」なんて言える筈もない。
だから無難に「もう温まりましたよ」と言って、遠回しに離してほしいことを仄めかしてみる。
するとライルさんはすんなりと手を離して部屋の方へ案内してくれた。
「啓ー、おいでおいで」
まるで子どもに対するような言いようがちょっと恥ずかしい。
確かに彼の年齢からいったら私は充分子どもなのかもしれないけれど、こうまであからさまだと情けなさも沸いてきた。


「遅れてごめんなさい」
ディランディ家のリビングの真ん中を占拠しているこたつはかなりの大きさだ。どれくらいかというと、アレルヤとハレルヤ、それに華南さんが入っても狭苦しさを感じないほど、だ。
三人が三辺を占領している中、残りの一辺にライルさんが滑り込むように入った。
すかさず華南さんが声をあげる。
「ライル!あんた!」
「いてっ」
華南さんの声と同時にライルさんも声をあげた。
踏まれたんだろうなぁ、と想像出来たけれど踏んだのは華南さんではないらしい。
二人の視線の先には怒りの表情を隠そうともしないハレルヤ。
「ばーか」
「そんなこと言って、ハレルヤ、自分も動かないじゃないか」
「あーもう!」
すぐに口喧嘩に発展しそうになるハレルヤとライルさんを華南さんの声がぴしゃりと止める。
それから華南さんはこちらを振り返って自分の隣をぽんぽんと叩いた。
「啓ちゃん、一緒に入ろう」
「あっ、はい」
遠慮する間柄でも断る雰囲気でもない。空けてもらったスペースに身を滑り込ませた。
身体が密着する状態になったが女同士だから気にすることでもない。
むしろ冷えた身体には肩越しに伝わる温もりが気持ち良かった。
「なんかさ、女の子がいちゃいちゃしてるの見るとムラッとしないか」
けれどいきなりライルさんがそんなことを言うものだからこたつが大きく揺れた。
「このエロオヤジが!」
笊に盛られていた蜜柑の一つがライルさんの後ろのリビングの床に叩きつけられた。誰が何を、なんて考えるまでもない。ハレルヤが投げつけたのだ。
「ハレルヤ、食べ物を粗末にしちゃいけないよ」二投目に入ろうとしていたハレルヤはアレルヤに注意されている。このメンバーでいると忘れがちだがアレルヤもかなりのしっかり者なのだ。
ハレルヤの攻撃を身体を反らすことで避けたライルさんだったが、直後の華南さんのチョップを無防備な腹に受けていた。
大して効いている様子はなく、彼は仰向けに寝転がって可笑しそうに笑っている。
ディランディ先生がやってきたのはライルさんの笑いがひとしきり治まった頃だった。
「ほら草野、身体あっためろよ」
「先生。ありがとうございます」
目の前に置かれたマグカップに入っているのはホットココア。
(やっぱり子ども扱いかな)
そう思いながら口をつけたココアは意外と苦い。いや、この味を苦いと思うこと自体がお子様なのかもしれない。
「なぁ兄さん」
「どうかしたか?」
「兄さんも華南と啓がイチャついてたらムラッとしないか?」
「お前なぁ……」
心底呆れたような声をあげる先生を横目に見ながら、隣りの彼女がびくりと動いたのを感じる。
「変態くさいぞ」
「兄さんだって大差ないだろ」
その意見には反論する気も失せたのか、先生はそれ以上ライルさんに何も言わず私達に視線を落とした。
空色の瞳が柔らかく笑む。
「まぁ可愛らしいとは思うさ」
(この台詞は絶対、きた)
ちらりと華南さんの様子を窺うけれど長い横髪の所為で表情が見えない。ただ耳が真っ赤だ。アレルヤからは私が邪魔になって華南さんは見えない。私達の真正面にいたハレルヤだけが、俯いた華南さんの顔を見てにやりと笑った。
(きっと顔も真っ赤なんだろうな)
私とハレルヤが顔を見合わせて笑うのでアレルヤが首を傾げる。
「ハレルヤも啓もどうしたの?」
「なんでもねぇよ」
「何でもないですよ」
返す言葉さえ二人で揃えたものだからライルさんには「熱いねぇ」と笑われてしまった。
しかしその言葉が私とハレルヤを指しているのかどうかは分からない。





たのしいのはキミのせい 





 

 

 

 

 

 

 

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