身出会ったことを後悔したことはなかった。
全てを拒絶する宇宙の中で、数に出来ないほどの確率に巡り会って彼に出会えた。私達の出会いは数え切れないほどの哀しみと、同時に溢れんばかりの愛おしさをくれたから。
ただ後悔とは別に、イフの世界を考えたこともあった。もしも出会った場所が違ったら私達はどうしただろう、と。妄想や空想の域を出ないものだったそれはやけに鮮明な映像で脳内を巡った。


「会いたかった……」
懐かしい後ろ姿が、あのときとは違い今度は二つ並んでいる。背丈も同じくらいの彼らは恐らく振り返ってみても似た容姿をしているに違いない。けれど限りなく似ていても同一ではない。
アレルヤ。ハレルヤ。呼ぼうとした名前は声にならず口の中で溶けた。呼ぶことを躊躇ったのは怖かったからだ。この声が届かなかったら、もし届いたとしてもその名前が彼らのものでなかったら、自分の名前だと認識した彼らが振り向いたら。振り向いたときを想像するのが一番怖かった。もしも彼らが私のことを何も覚えていなかったら。
それは何度も脳内でシミュレーションしたことだった。何度も繰り返し、その度に自分自身に言い聞かせていた。私のことを覚えていなくてもいい、思い出す必要もない、そうやって自分にしみこませるように繰り返して。
(ハレルヤ)
自分自身の身体を手に入れたのであればあのときと違う。出来なくても出来なかったことも色々あっただろう。それを今生で果たせばいい。
行動範囲はぐっと広がって、沢山の人に出会って、そうしてその中の誰かを愛するときがくる。それはハレルヤにとって確かな幸せである筈なのに、想像するだけで――想像したくないほど――胸を締め付けた。
(あ……)
何かの偶然か運命の悪戯とでも言うべきか、いきなりアレルヤが此方を振り返った。正確には此方を振り返った訳ではないけれど、彼の視界にはしっかりと私が映っているに違いない。
そうして片方隠れている切れ長の目がしっかりと私を捉えて大きくなる。唇が僅かに動いて何か喋ったようだがこの距離では何も聞こえなかった。
アレルヤに釣られて隣の彼も振り返る。あの頃と同じアレルヤとは違う色彩が私を捉える。ただハレルヤの目は訝しげに細められただけだった。
そんな彼らの行動から私は一つの可能性が当たったことを知った。アレルヤは私のことを覚えているがハレルヤは覚えていない、という可能性に。
膝から力が抜けるのを何とか堪えて足を動かす。私が彼らに近付くより早く二人が私に駆け寄る方が早かった。心の準備が出来るよりも早く私と彼らの距離は縮まる。
笑えばいいのか泣けばいいのか分からなかった。
?」
「アレルヤ……?」
私もアレルヤも何が何だか分かっていない。ハレルヤは尚更だろう。また会えて良かったと言えばいいのか、どうして此処にと聞けばいいのか。
けれど込み上げる思いの中に喜びがあることは間違いなくて、強張った表情が作りたいものはきっと笑顔だ。
、なのか……? っそんな――」
「おいアレルヤ、誰だソイツ」
何かを言いかけたアレルヤを遮る声。その瞬間、空気が凍ったような気がした。
「ハレルヤ……」
覚えていないのか、と聞くことはしなかったアレルヤ。聞くまでも無かった。彼が過去の記憶を持っていないことは明白過ぎた。
アレルヤは彼が記憶を持っていないことに今まで気付かなかったのだろうか? それとものことだけでも覚えていると思ったのか。だがしかし、残念ながらハレルヤは覚えていなかった。
それは悲劇と呼ぶには悲しみが足りず、驚きで済ませるには哀しすぎた。
「いいよ、アレルヤ。仕方ない」
「え……でも」
「いい。……いいの。もういい」
「おい」
自分が放っておかれたままで進む会話に痺れを切らしたハレルヤが「説明しろ」というように二人を睨んだ。その視線の冷たさに塩辛い何かが込み上げてくる。
愛されなくてもいい。名前を呼ばれなくても、いっそ視界に入らなくてもいい。そう思っていた筈なのに、警戒心と不快感を隠さない他人を見るときの眼差しに耐えられない。そんな眼差しで見られるくらいなら視界に映さないで欲しい。私の存在なんてなかったことにして、私とは全く交わらないところで生きて。そうすれば私はこんな思いを味わうことはなかったし昔の恋心を胸の何処かで大切に持っておくことが出来た筈だ。
「会えて良かった」
そしてもう二度と会わないことにしよう。


あの頃描いた空想の世界は始まることなく終わりを迎えた。戦いの無い平和な世界で出会った私達は赤の他人で、そこには孤独を埋め合わせるように抱きしめる理由も喪失に怯えて手を繋ぐ理由も無かった。
それは始まりを拒んだ己の所為だと、このときの私は考えつくことが出来なかった。





もう貴方に恋は出来ない。





 

 

 

 

 

 

 

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