日付が変わる頃、まだ寝床についていなかった山本は携帯の着信メロディに呼ばれた。
新着メール二件。
こんな時間に、と驚く一方で何処かで期待していた自分に苦笑する。
今日が何の日なのか、丸っきり忘れていた訳はない。
期待しないように。弾む胸にそう言い聞かせながらもボタンを押す指がいつもより早い。
二件のメールは野球部の仲間のものとクラスメートの女子のもの。
仲間の方は簡潔に、女子の方は画像を使って可愛く、どちらも「おめでとう」と書かれていた。
さんきゅーな、と心の中で返しながら新規メール作成。
返信しようと思ったそのとき、再び画面には『受信メールあり』の文字。新着メール一件。
だ)
それは自分の恋人の名前だった。
恋人、といっても互いに部活が忙しい身ゆえに恋人らしいことはほとんどしなかった。
いや、部活が、というのは少し言い訳がましいかもしれない。彼女は部活がなかったとしても同じだろうから。
それは臆病であり慎重である彼女の性格ゆえだ。
誕生日を祝うメールなんて恋人同士でなくてもするのだが、やはり彼女からのメールでは喜びもまた違う。
件名は『夜遅くにごめん』
全く彼女らしい。
顔がにやけてしまっている自覚はあった。
『お誕生日おめでとう。今日は星が綺麗だった』
想像していた文章と全くもって予想出来なかった言葉。
(星、って……。まぁ確かに晴れてるけど)
彼女の意図が読めず、それでも星を見る為に立ち上がる。
恋人に甘いのは自分自身自覚している。
窓辺に寄ると外からの冷気を感じた。そのままカーテンを引く。
しかし、硝子越しに見える空などただ黒い闇でしかない。
都会の星空はそんなものだ、大して落胆もしなかった。
けれど彼女が綺麗だという感覚を少しでも理解したくて窓に手をかける。
そこで、視線をふと下ろして、
「え?」
「……やっと気付いた」
古い街灯が頼りなく照らす竹寿司の前の道に、彼女はいた。
濃い色のジャケットにジーンズ。私服姿を見たのは数えられる程度だったが今日は一段とラフな恰好だ。
、何してんの」
「山本……武」
「おう?」
たけし。
滅多に呼ばれない名前に、返す声が震える。
(たけしって……初めてじゃね?)
恋人同士でありながら苗字で呼び合っている二人だから、なんだか照れ臭い、と思う。
「お誕生日おめでとう」
いつものように淡々と聞こえる声はもしかしたら照れているのかもしれない。
そう思った途端、急に彼女への愛しさが沸き上がってきた。
「ありがとな、……
呼んだことのない名前を呼ぶのは愛の告白と同じくらい恥ずかしかった。
決して近くはない距離。二人の間に沈黙が訪れ、二人は視線を交わすと音もなく笑んだ。
「まぁ暇だったからさ。じゃあまた明日」
呼び止める暇もなく彼女は歩き出す。
何の未練も感じられない背中に声量を抑えて声をかけた。
「風邪ひくなよ」
「わかってる」

彼女の姿が完全に見えなくなってから山本は窓とカーテンを閉めた。
学校では今夜のことなど無かったかのようにお互い振る舞うのだろう。
そのことに寂しさや虚しさは感じない。
(なんか嬉しい)
それよりも、二人で秘密を共有しているその事実が胸をくすぐっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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